心理学の基本、ついに最終回です。最後は、いわゆる社会心理学とか、比較文化研究などと呼ばれるジャンルのお話をします。
ヒトという生き物は、社会を構成しています。つまり、ヒトとヒトとの間で関係を作って、日常生活を送っているわけです。
ということで、ダイナミックに変化する心と社会というのも切っては切り離せない関係にあります。
まずは、人は他の人に影響を受けやすいという話をしましょう。まずは下の質問を見てください。
これは社会心理学者のアッシュが行った大変有名な実験です。皆さんは、どれが一致すると思いますか?
多分、すぐわかると思いますが「model」は右の図の「B」と長さが同じです。
アッシュはこのように普通に理解すればすぐにわかるはずのことなのに、人が影響するとそれに左右されてしまう、という実験をしました。
まず、被験者を一人。そして、その周りに被験者のふりをしたサクラを数人並べます。被験者は最後のほうに答えさせるようにします。
一人目のサクラは誰でも間違いだとわかる「A」を言います。その次のサクラも「A」そのまた次も…、とサクラの答えをすべて一致させ、最後に被験者に聞くと、なんと被験者は迷いつつも「A」と答えるのです。
この時、被験者の頭にあるのは「ほんとはBだろうけど、みんなが言うからAなんだろうなあ」ということで、これはその個人の実際の認知・思考を他の人が左右している、という意味で大変面白いことです。
これは、日常生活でもよく見られることでしょう。たとえば、タバコを吸っている人がそばに居ると、どうも吸いたくなるとか、ほんとは味噌ラーメンが食べたいのに、周りのみんながしょうゆラーメンというと、しょうゆラーメンをどうも頼んでしまう(特に、周りが自分より目上だった場合)とか。
このように、社会生活には数多くの同調が見られます。
また、社会的な圧力がかかる場面では、とんでもないことさえしかねないこともわかっています。これは、ミルグラムによる実験なのですが、被験者の目の前に電気ショックがかけられるようにしてある人を一人用意しておきます。もちろん、実際には流すことはなく、ここはサクラです。被験者には、電気ショックのスイッチが与えられ、それはぜんぜん感じないレベルから、非常に危険なレベルまで調整することができるようになってます。被験者は、実験者の言うことにしたがって、このレベルを調整して、一体どのレベルで実験を止めるのか、それを見てみたのです。
サクラは電気ショックのスイッチが押されるたびに、迫真の演技をするよう指導されています。ですから、レベルを上げるたびに苦しんでいく姿が被験者には見られるわけです。それでも実験者は「この人は悪いことをしたんだから、もっと強くて当然だ」のようなことを言いつづけます。
さて、あなたなら、どのレベルで止めると思いますか?
普通、この話を聞いた人は、最初の段階でやめるとか、危険がないレベルでやめてしまう、ということが多いのですが、実際には、ほとんどの被験者が非常に危険な最大レベルの電気ショックを与えました。
ですが、被験者も平気でそれをしたわけではありません。冷や汗をかいたり、中にはひきつけを起こした人もいます。でも、それでも、最大レベルの電気ショックを与えたのです。
この実験で言えることは、人はどうも服従する性質があって、その状況では簡単に自分の考えに屈してしまうということです。これは、特殊な状況下、たとえば戦争中とかそう言う状況ならば、はっきり見られることでしょう。
また「内集団ひいき」ということも見られます。これは、自分の所属している集団を他の集団より優位に見がちである、ということで、それはただ単に、名義的にくくっただけの集団でも見られることがわかっています。「内集団ひいき」をするということは「外集団差別」を行うことであり、自分が優れた集団の一員であると自分のアイデンティティを肯定的に評価するためにそういうことが起こるとされています。
つまりは社会の中の人間は、決して一方的に影響を受けるだけではなく、自分から他の人にも影響与える、つまり双方向的であるのです。
これがさらに大きくなっていくと、文化に影響を与えたり、価値観に影響を与えることになります。流行、というのもそういう現象の一つです。
価値観はその国々によって、まったく異なります。アメリカのような個人主義的な国では「自己管理」だとか「快楽主義」「成功」という価値を非常に高く見ます。しかし、日本のような集団主義の国では「伝統」とか「恩返し」「家内安全」といった価値を高く見て、グループの維持・発展が優遇されます。
また、日本のような男性社会と、スウェーデンなどの女性社会では文化がまったく異なります。それに、権力が個人に集中するか、しないかによっても異なってきます。
異文化コミュニケーションが難しい理由は、まさにここです。
社会や文化といったものは、非常にダイナミックに変化しますから、それに一個人は常に影響を受けていることになります。社会的不適応など(不登校、引きこもりなど)、今問題となっていることにも、社会はそれなりに影響をしているはずです。
今後、さまざまなことを考えていくとき、この社会心理学的視点は、かなり重要なものになっていくと思います。