心理学のお勉強

認知科学

言語


実は数多くの心理学者は言語に注目しています。それは多分、普段使っている「ことば」というものの不思議さなどとともに、この「ことば」が人間を特徴付けているものだからでしょう。

ここでは言語に関わる知識の視点と、言語そのものを見る視点の2つを紹介しましょう。

言語に関わる知識にはいくつかありますが、大きく分けると「言語知識 knowledge of language」と「世界知識 knowledge of the world」の2つになります。

このうち言語知識は、たとえば文法などの「統語論的知識 syntactic knowledge」と「意味論的知識 semantic knowledge」の2つに分かれます。

統語論的知識は単純です。たとえば、この「統語論的知識は単純です。」という文章を、「で、単純、す。統語論は知識的」と書いたら、もうなんだかわかりません。このように人間の言語処理メカニズムをうまく動作させるための知識、たとえば語順とかが統語論的知識です。

意味論的知識は「太郎がひらいた」という文章は、文章としては間違いではなけれど、何が開いたか?という重要な部分が欠落していて、意味がわからない、のように意味に関わる知識です。

これらは、その言語を習得した人なら大体共通していて個人差が小さく、知識をそのものを述べることは大変難しく、ある意味、無意識的に作動する(動作させないようにするほうが難しい)ものとされます。

これに対して世界知識は、

a) 私はお金がない。だから、銀行にお金を下ろしに行った。
b) 私はお金がない。だから、バイトを1つ増やした。

このような文の意味を理解するときに働きます。aの場合は、銀行に行く、bはバイトを増やすという解決方略を取っているわけですが、お金がないということは一緒です。いわば常識でこの違いを見分けているわけですが、これは個人によって異なる知識であり、また無意識に作動するものでもありません。このような知識を世界知識と呼んでいます。

世界知識は言語理解に重要な役割を果たします。たとえば今のa,bの文には、目標(お金を用意したい)→計画(銀行に行く or バイトする)という構造が見て取れますが、この目標を人工知能学者であるシャンクは次のように大別しています。

充足目標…生存に必要なもので、しばしば周期的に出現。達成に失敗すると、深刻な問題状況となる(食べる、寝るなど)。
快楽目標…楽しみのための目標で、行為自体は充足目標のためのそれと同じ事もある。達成されなくても問題にはならない(食べる、旅行するなど)。
達成目標…社会的。長期的な性格を持つ(地位、権力、知識など)。
維持目標…状態の維持が目的(財産、健康など)。

しかし、文章はこれだけの要素しかないわけではありません。たとえばさっきの文をこういう風にして考えてみます。

c) 私はお金がない。だから、バイトを1つ増やした。しかし、がっかりして帰ってきた。

いったいバイトで何があったのかはわかりませんが、期待はずれだったとか、何か読み取れるものがありますね? とにかく、目標が達成されなかったのだろう、という推論を行うことができます。

これは「がっかり」という表現語に依存しています。「喜んで」に変えてみればわかります。

d) 私はお金がない。だから、バイトを1つ増やした。しかし、喜んで帰ってきた。

このように常識にはその人の目標、その構成、そして感情状態、それとの関連性などを判断するための体系だった知識が存在していると考えられます。

これらに加えて「テーマ theme」という、目標の集合体の存在をシャンクは考えています。たとえば、「お医者さん」は職業上の名前だけでなく、たとえば、常に勉強している(知識獲得目標が高い)とか、治療に熱心に取り組んでいる(課題達成目標が高い)とか、さまざまな推論を引き出すことができます。これは「お医者さん」という概念がそうした目標と計画群を含むものだから、と考えられるわけです。

この概念を拡張したのが「人格特性語」であり、これは人工知能学者のカーボネルが唱えています。たとえば、

1) 野心家のAさんがプロジェクトマネージャである。
2) 空想家のAさんがプロジェクトマネージャである。

頭についている「野心家」「空想家」という違いだけで、まったく違う人のように感じることでしょう。また目標が違うだろうとか、それに対するプロセスも違うだろう、とか推論もかなり変わると思います。これが人格特性語の役割です。

このようなものは一部コンピュータプログラム化され(だから、AI研究者が多いんです)、「SWALE(説明を作り出すプログラム)」などが知られています。

ここまではもっぱら世界知識を見てきましたが、ここからはもう1つの言語知識も取り上げましょう。

言語知識を考える上で大きな問題が「プラトン問題」であり、言語学者であるチョムスキーが提唱しています。これは、不完全で少数のデータから、どうやって豊かで詳細な知識が得られるのか、という難問です。

たとえば、小さい子供の作る文章は、短く、文になっていないものがあったりしますが、大人になるにつれて普通の文章になります。これはいったいどうなっているんでしょうか?

言語知識は学習可能である、と見ればいいわけですが、うまくつじつまを合わせるのは意外に難しいものです。なにしろ前にも書いたように、言語知識は自動的に、しかも高速に作動します。そして、それに気づくことがない(カプセル性という)ものなのです。

心理言語学や理論言語学といった視点からここを少し眺めてみましょう。

まず心理言語学(音声から単語をどう認識するか? 頭の中にどんな辞書を持っているか? なんかがテーマ)によれば、ことばを聞いてから理解するまでにかかる時間は異常に早く、また、わざと混乱させるようなものを与えない限り、スムースに動作する、とされます。

混乱させる代表例がこちら。

1) the good can decay many ways.
2) the good candy came anyways.

意味は全然違います。しかし、聞くとかなり似ている。こういうものでもない限り引っかからないのです。

耳から入ってくる音声を連続処理しながら、記憶の中にある辞書に照らし合わせる、それをどこがどうやっているのかは、実はまだよくわかっていません。少なくても、辞書式に照らし合わせているわけではなさそうで、音に対応する単語すべてが活性化されるのでは、とはこの世界の第一人者、オートマン先生の言葉。

もう1つの切込みが、理論言語学です。いわゆる「生成文法」なんかがここに入ります。

これによると、まず中心として「普遍文法 universal grammer」があり、それは個別言語の違いに関わらず、共有的、生得的です。ここには「構造依存の原理 principle of structure-dependency」とか「主要部変数 head parameter」なんていうものがあります。

生成文法の特徴は、文化による言語とは考えずに、同じコアをみんな持っていて、発達する過程の中で、個別文法を得て、定常状態に落ち着くのだ、という点です。そしてそのコアは生まれながらにして与えられている、そう考えます。そして、さっきの原理や変数がプラトン問題に解答を与えると考えています。

そして、最新の生成文法理論では「ミニマリスト・アプローチ minimalist aproach」という、言語のメカニズムと他の認知メカニズムとの関連を視野に入れたものを考えています。つまり、音声・知覚的機構は言語的なものと密接に関わっており、それはまた、概念や意図といった機構と密接に関わっている、という考えです。

言語の表面をなぞってみましたが、まだまだ浅い部分を触っただけに過ぎません。興味がある人は自分で調べてみてみましょう。