心理学のお勉強

児童心理学

言葉


言葉の教育というのは小学校に入って初めて行われます。ということは、本来的には幼児は文字で情報を伝えたり、読み取ることのない世界に住んでいることになります。

言葉の捉え方1つでさえ大人と違います。人の名前とか、大人なら「どういう漢字ですか?」くらいしか思わないところを、「〜みたいな名前だね」とか「〜の『〜』ってところがあれみたい」と、結構感覚的に捉えたりするものです。

実際、岡本氏による幼児の言語連想テストによれば、大人や年長の児童が「犬」からは「猫」を、「お父さん」からは「お母さん」を連想するのに対し、幼児では「犬」なら「ほえる」、「お母さん」からは「やさしい」といったものが喚起される、と報告しています。

これは言葉を文字に置き換えて、文脈から独立した思考ができるかどうかの違いと考えられています。幼児はまだ文字を習熟していないので、形式的ではなく感覚的な解釈をし、それから連想をするため、感覚的な回答になるのではないかということです。

ということで、話し言葉と書き言葉、それぞれの性質を考えてみましょう。

まず、話し言葉と書き言葉を比べると、書き言葉のほうがより短くなり、話し言葉に存在する方言が書き言葉からは消え、標準語に傾斜する傾向が読み取れます。これはつまり、「話し言葉=書き言葉」ではない、ということであり、2つの間にはそれなりの隔たりがあるわけです。

では改めて日常のコミュニケーションツール(他にもボディ・ランゲージとかがある)である話し言葉を考えてみると、言葉というのは文字通りの意味でしか通じないわけではありません。草原を見ていて言う「きつね」と、お蕎麦屋さんで言う「きつね」では、意味が違うのです。

子供の例で考えて見ましょう。もし、子供が何か汚い言葉を言ったとき、お母さんが怒って「もう一度言ってごらん!」と言ったとしたら。このとき「もう一度言ってごらん!」を文面どおり受け取って、そのまま言う子供は多分いないでしょう。子供はお母さんの様子をつぶさに読み取って、これはいけないことなんだ、と思うはずです。

このように、話し言葉は身振り、手振りや表情、状況など、いろんな情報との相乗効果で成り立っています。声を聞けばそれだけで男性か女性かわかるとか、大体の年齢も推測できますし、表面上の感情も大体はわかるでしょう。このように話し言葉には非常に情報が多く、それらは語調、音調の違いとして読み取れます。

話し言葉と記憶の関係を考えてみると、オングの解釈が参考になります。それによると、文字がない声の世界では、言葉が強いリズムや均整が取れた型、反復、対句、韻を踏む、決まり文句、慣用表現など、いってみれば、記憶を助けるような形式となっています。普通の文章をそのまんま覚えられなくても、それにメロディがついてたり、語呂合わせになっていたりするとどうも記憶に残るというのは、こういう話し言葉の性質が関係しているといえます。

これらに比べて書き言葉は、情報がものすごく乏しいです。この文章を書いている私の感情は、多分みなさんには読み取れないでしょう。つまり、文字の背後にあるものを描き出すことは大変困難なのです。

ただ、書き言葉は時間、空間を越えることができます。たとえば、私がこの文章を書いているのは2003年3月7日の午後4時49分ですが、読む人たちはここから大幅にずれているはずです。話し言葉ではこれは絶対に無理なのです(テープレコーダーでも使わない限り)。

ということで、学校ではこの文字を駆使する能力、つまり読み書き能力を身につけることが重要とされています。そして、大体小学校高学年くらいになれば、それはある程度達成されるといえるでしょう。

また話し言葉には「カクテル・パーティ効果」のように、多数の声の中から特定の声をよりぬく能力があったりしますが、文字の世界ではそのような、複数の文章の中から特定のものをよりぬくとか、そもそも複数の本を同時に読むことすらできません。

ただその分、書き言葉では一人の世界に閉じこもることができます。

実は、学校が薦める活動のほとんどもこういう「閉じこもれる(他者がいらない、1人でできる)」ものだったりします。絵を描くとか、本読むとか、何か作るとか、みんなえてして1人ですることで、遊ぶとかそういうのとは決定的に違う部分があるのです。これは教育を考える上で結構大事な視点でしょう。

さて、閉じこもるといえば、書くという作業も基本的には1人で閉じこもります。そして書き言葉の世界の表情性の乏しさを十分に理解して、文字を駆使します。大筋を考え、順序を考え、ちゃんと設計し、細部を調整しながら、文章を書くわけです。このとき、他者からの言語的なフィードバックがないのから「閉じこもり」です。

小説家がよく「自分自身が一番の読者」とか、「客観的な視点が必要」などと言ったりするのは、このフィードバックに由来します。つまり、自分の中に聞き手を想定して、その聞き手の立場から自分の作る文章を考えないといけないのです。これは非常に内省的な作業です。

もちろん、読むということにも文字からイメージを膨らませ、自分の中に世界を作り上げるといった、内省的な作業が必要です。

この内省的な作業は自己を見つめ、振り返るきっかけとなるため、自己の成長の契機になりえます。本が人に影響を与える、というのは、決してないことではないわけです。これも書き言葉の重大なポイントでしょう。

このように言葉にはその役割だけでなく、いろいろな側面があります。子供たちを取り巻く言葉には話し言葉も書き言葉もあるわけですが、それぞれの性質をよく理解して、子供たちにとってそれがどういう意味を持つのか、ちゃんと考えたいところです。