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心的回転(mental rotation)における絵画的コードに関する実験


問題と目的

人間がある対象を認知するとき、それが言語的にイメージされているのか(言語的コードと呼ばれる)、それとも絵画的にイメージされているのか(絵画的コードと呼ばれる)については心理学の中でも議論の分かれるところである。本実験ではこのうち絵画的コードについて心的回転(mental rotation)の実験を通して検討を行った。

方法

対象者 A大学学生12名。このうち、実験を完遂できた7名から、分析可能と判断された3名のデータのみを分析対象とした。

実験計画 2×6の2要因混合計画とした。第1要因は刺激材料の違いであり、基準となる図形(以下、標準図形)を使った条件(以下、S条件とする)と、その鏡映像図形を使った条件(以下、R条件とする)の2水準であった。第2要因は刺激を提示する際の回転角度であり、0°から300°まで60度刻みに、0°条件、60°条件、120°条件、180°条件、240°条件、300°条件の6水準であった。第1要因及び第2要因は被験者内要因とした。

材料 多角形の2次元図形を用いた。また、被験者への教示、各実験条件の提示、実験データの収集のためにパーソナルコンピュータを用いた。

手続き 実験はすべてパーソナルコンピュータのモニタを通して行われた。まず、被験者に対して教示が行われ、この教示の中で、被験者の利き手が右か、左かで回答のために用いられるキーボードのキーが変えられた。被験者が右利きの場合、提示された図形と標準図形が等しい場合「F」を、異なる場合は「J」を押すよう求められた。左利きの場合、等しい場合「J」、異なる場合「F」を押すよう求められた。また、その際は出来る限り早く、また正確にキーを押し分けるよう教示された。このあと標準図形が10秒間提示され、被験者はそれを記憶するよう求められた。提示終了後、0°条件のS条件とR条件を各10試行ずつ、計20試行、練習試行として実施され、練習試行終了時点の正答率が80パーセント以上ならば本試行に進み、それ未満の場合は、正答率が80パーセントを超えるまで練習試行が繰り返された。本試行では実験計画の各条件を10試行ずつ、計120試行実施され、各試行ごとに回答に要した反応時間とその正誤がパーソナルコンピュータ上に記録された。なお、反応時間の精度は100分の1秒であり、試行の間隔は1秒(1000msec)、また、練習試行、本試行において各条件はランダムに提示された。

結果

図形の種類、回転角度ごとの平均反応時間、平均誤答数、平均誤答率を求めた。この際、実験を完遂できても、誤答率が20パーセントを超える被験者のデータはすべて除去された。この誤答率20パーセントという値は、練習試行において正答率が80パーセントを超えなければ本試行に移れなかったことにより、この値が信頼できるデータか否かの限界値とされた。また、分析の対象とした被験者のデータについても、誤答試行に関しては、平均反応時間を求める際には除去した。回転角度ごとの平均反応時間についてはTable 1、Figure 1に示した。平均反応時間は、R条件で120°にかけて、S条件では180°にかけて徐々に長くなる傾向が見られ、逆に、180°から300°にかけては短くなる傾向が見られた。また、回転角度ごとの平均誤答率はTable 1、Figure 2に示した。平均誤答率はR条件においてはほぼ一定であったが、S条件では0°から180°にかけて誤答率が伸び、180°から300°にかけては逆に誤答率が小さくなる傾向が見られた。

Table 1 回転角度と平均反応時間、誤答率の関係
回転角度 60° 120° 180° 240° 300°
平均反応時間(msec)
R条件 746.83 895.43 1272.86 1137.62 831.54 899.65
S条件 703.41 823.70 1003.93 1106.04 804.96 647
誤答率(%)
R条件 0 0 10 10 10 10
S条件 1 12 21 32 11 1

Fig 1.
Figure 1 回転角度と平均反応時間の関係

Fig 2.
Figure 2 回転角度と平均誤答率の関係

この後に、各回転角度における平均反応時間と平均誤答率について、R条件とS条件の間で対応のあるt検定を行ったところ、平均反応時間については片側検定で5%有意(t(5)=1.42, p<.05)、両側検定では関連は見られず(t(5)=1.42, n.s)、平均誤答率については関連は見られなかった(t(5)=2.52, n.s)。
 続いて、R条件とS条件について、平均反応時間と平均誤答率の間で対応のあるt検定を行ったところ、R条件(t(5)=11.92, p<.01)、S条件(t(5)=12.47, p<.01)共に関連が見られた。

考察

今回の実験では得られたデータの数が少なく、危険があることを留意した上で考察を行う。
まず、回転角度と反応時間の間には180°までは反応時間が延び、180°から先は逆に短くなる、という一定の傾向が見られた。これについては被験者の頭の中で心的回転が行われていることが示唆される。つまり、頭の中で図形を回転させ、0°に近づけることで、それが正しいのか否かの判断をしていると考えられるわけである。回転角度の大きさと、頭の中で行われる処理の時間が比例していると考えれば、180°までの平均反応時間の直線的な増加は予想できる。

しかし、180°以降の平均反応時間についてはどうだろうか。普通ならば回転角度はさらに大きくなっているので、時間はよりかかるはずである。しかし、実際には反応時間は減少する傾向にある。これについては、被験者が回転角度が小さくなるように回転させたことが示唆できる。つまりたとえば、240°の場合、そのまま240°回して0度にするよりは、反対側に120°回して360°、つまり、0°にしたほうが明らかに早い。もしこれを行っているのだとすれば、180°以降の平均反応時間の減少の説明がつく。これらのことから、絵画的コードが用いられていることが推測できる。

ただ、平均反応時間と平均誤答率の間の関係を見ると、必ずしもそうとは判断しきれない部分が残る。R条件では、平均反応時間の変化に対しても、誤答率が一定に保たれているのだが、S条件では、反応時間と誤答率がほぼ比例しているのである。つまり、鏡映像を用いた実験では上のような方略が支持されるのに対し、標準刺激を用いた実験では、どちらかといえば、試行錯誤の上で判断を下していると考えられる。
このことは本実験が精度が低い、また、データがあまりにも少ない故によるかもしれない。それは検定結果からも示唆される。よって、被験者をさらに増やし、分析可能なデータを多くした上で、再検討をしなければならないだろう。

また、本実験で用いられた図形は2次元図形であり、3次元図形に関しては議論をしていない。絵画的コードを一般化するためには、3次元図形における実験もまた必要なものといえるであろう。