心理学のお勉強

臨床心理学

認知療法


人間の感情や情緒といったものは認知のあり方、つまり、ものの考え方とか受け取り方なんかによって大きく影響を受ける。では、その認知のあり方に働きかけて情緒状態を変えればいいじゃないか、という趣旨の心理療法が認知療法です。

これは今までの精神分析などの力動的な心理療法やロジャースなどのヒューマニスティックなもの、系統的脱感作など行動療法を批判的に統合したものといえるでしょう。

人間は常に自分のおかれている状況を主観的に判断しています。客観的でない、自らが持つフィルターを通しているということです。これは半ば自動的に、そして適応的に行われるわけですが、それはいつもそうではなくて、たとえば強いストレスがある場合では、必ずしもそうではありません。

認知療法はこのようなゆがんだ悲観的な「ものの見方や考え方」が気分の沈みこみと関係していて、これがぐるぐると悪循環のようになっているとして、フォーカスします。そして、より現実的なものに変化させることで、沈んだ気分を改善しようとするわけです。

認知療法はとにかく短期間(12回〜20回)で施行されます。また、精神分析療法などとは違い、意識化できる思考やイメージのみを操作します。無意識には触れません。「刺激に対する反応」としての行動を修正する行動療法とも、認知を考える点で異なっています。

ですがバックグラウンドでは、精神分析的に動的な対人関係やクライアントの心を捉えますし、短期間、という点では行動療法的な側面もあります。最近では認知を考えながら行動に働きかける、という認知行動療法というものもあります。

結果的には、気分障害、不安障害、身体表現性障害(also 心身症)などさまざま精神疾患に効果的に働くことが知られており、非常によく見られる心理療法なので、基本をここで押さえておきましょう。

認知療法はアーロン・ベックという学者(オフィシャルウェブサイトは[こちら])の影響を大きく受けています。ベックはもともと自己への攻撃性を夢を使って研究していました。その中で自己への攻撃性が高い人には悲観的な内容の夢が多く見られることを見出します。

これを臨床に応用したわけです。つまり、うつ病では患者は希望を失い、自分の価値を疑い、罪悪感を抱くなど悲観的な考えがよく見られます。ベックはこのような抑うつ状態と歪曲された認知・思考過程(distorted cognition/thinking)、その中で自己、世界、将来の3つの領域で悲観的な考えが見られることを「否定的認知の3兆候 negative cognitive triad」と呼びました。

たとえば「最近何1ついいことしてないし、こんな人間とは付き合いたいと思う人なんていないだろう」なんていう、これは周囲に対する否定的な考えですが、こういうものに支配されているわけです。

将来に対して悲観的な見方をする、たとえば「この状態は一生抜け出せない」なんていうものはかなり危険です。希望を失わせ自殺につながる可能性があるからです。これが出てきたら要注意。

さてさて。この考え方が現実であるかどうかは問題としません。クライアントがそうした思考・認知の過程を持つこと自体にフォーカスしていきます。

この過程は大きく分けて2つ、つまり「自動思考 automatic thought」と「スキーマ schema」がです。

自動思考というのはある状況で自然に沸き起こってくる思考、イメージのことで、その時々の認知のあり方がそこには反映されています。この自動思考には現実とあまり食い違わない適応的なものと、大きくずれている非適応的なものの2つが考えられ、うつ病などではこの非適応的なものがたいていで見られます。

一方スキーマというのは、その人の基本的な人生観や人間観のことであり、生まれながらの素質や過去の体験から作られると考えられます。そしてそれが何らかの出来事(たとえば親の死などの喪失体験)を契機によみがえってきて、自動思考を生じさせるもととなります。基本的な心の態度、といえますから、その修正は大変難しいといえます。

たとえば、自分には力がないと思っている人は、他者からの支えに敏感になるでしょうし、自分は強いと思っている人なら、危険に対する評価が甘くなるでしょう。世の中は危険だとしたら、危険性を見逃さない人になるでしょうし、人から嫌われてもどうってことない、って人なら、人の反応に鈍感になると思います。

これらは普段は適応的に働いているわけですが、たとえば大切な人との別れとか、仕事での失敗のように、その人にとって否定的な意味を持つ外的なイベントが起きると、それに関連した非適応的なスキーマがよみがえってきて、その影響で認知にゆがみが出てきます。それが自動思考としてクライアントに意識され、同時に行動や感情などに障害として現れていき、そしてこれらがお互いに作用して思考−感情−行動−思考という悪いループに陥る、というわけです。

この認知のゆがみを少しまとめてみましょう。

1) 恣意的推論(arbitary inference)…恋人から連絡がない→もうダメ、のように、証拠が少ないのにあることを信じて、思いつきで物事を推測し判断すること。つまり、先走り。

2) 選択的抽出(selective abstraction)…自分が関心のある事柄にのみに目を向けて、抽象的に結論付ける。つまり、選り好み。

3) 拡大視・縮小視(magnification/minimization)…自分の関心のあることは大きく捉え、逆に自分に会わない部分は小さく見る傾向。ほかのことに気づかなくなる状態。

4) 極端な一般化(overgeneralization)…一度ダメだともう何をやってもダメ、のようにごくわずかの事実から何事も同様だと決め付けてしまう状態。

5) 自己関連付け(personalization)…手紙を出したのに返事が来ない、それは書いた中身が悪かったからだ(相手がルーズだとは考えない)、のように何か悪いことが起きたときに、自分がいけないんだと考えて、自分を責めてしまう態度。

6) 自己実現予言…舞台の上では上がる、と思っていると、本当にそうなってしまうように、思うことでそういう状態になること。

ほかにもまだまだいろんなものがありますが、この辺で止めておきましょう。

認知療法ではまず、よく紙に書き出したりしますが、問題点を洗い出し(ランク付けしたりする)、薬物療法などを含めて治療法を選択、問題点と治療法について教育的に説明して、必要な場合には参考書なんかを紹介して、とにかく、治療への枠組みと良好な治療関係を構築します。

認知療法は「問題解決思考的心理療法」といえますので、特にこの良好な治療関係、というのが重要です。そこで治療者はクライアントを暖かく受け入れる人+クライアントと一緒になって考えや思い込みを検証していく「科学者」という協同実証主義を取ります。

治療者はクライアントが自分で答えを見つけ出していけるような形の質問をしていきます。そのためには表現しやすい雰囲気作りも大事。

ただ、あまり急いで事を進めていくのはどうかと思います。考えればわかると思いますが、それではクライアントが自分の考え方や受け取り方が悪いんだとか、自責的になったりして、さらに抑うつ的になる危険性があります。

さりげなく現実的に、これがこの段階の基本でしょう。

続いて自動思考に焦点を当てます。これには認知に直接介入する方法と、認知に働きかける方法の2つがあります。認知に直接働きかける、というとなんか難しそうですが、言葉にすれば「そのとき、どんな考えが浮かんでましたか?」です。

この上で(1) クライアントの考えを裏付ける証拠を探す、(2) 結果を推測する、(3) 代わりの考えを見つける、という3つの視点からの質問を続けていきます。

これには「5コラム法」(出来事が起きた状況、そのときの感情、そのときの自動思考、代わりの考え、作業後の最終的な感情と考え方の変化を紙に書く方法)が役立ちます。

さらに、ゆがんだ認知を現実の中で検討していくためには、クライアント自ら行動することが大切です。むやみに行動させるのもどうかと思いますが(行動しないといけないのに…、のような考えが先立たれると困る)、できる可能性のあるものから行っていくとよいでしょう。注意をそらす技法や自律訓練法なども必要なときには求められます。

さらにもう一歩、スキーマに突っ込んでいくのが次の段階です。これも、スキーマどおりに行動しないとどうなるか、というのを現実の行動の中から明らかにする方法と、スキーマに反する行動や態度を取り出し、それが必ずしも悪い結果にはならないということを明らかにする、2つの側面からのアプローチが可能です。

ここまでの段階ではその場での認知である「ホット・コグニション」が見られることがあります。たとえば、急に涙が落ちてきた、なんていうときです。そのときは、「今、涙が出てきましたけど、何を思ったんですか?」のように、ここから認知のゆがみを見つけだすようにするようにしたりします。

また、心理療法ですから転移や逆転移も起こりえます。これは対人関係のゆがみ、と捉えられますが、気をつけなければいけません。

そして治療は終結に向かいます。今までを振り返り、治療を通して得たものを再確認し、やり残したこと、これから出会う可能性がある問題について話し合います。このとき、ひとり立ちということで不安も大きいものですが、その際はクライアントの極端な認知が再活性化されていることが多いので、それについても話し合います。

そして最後に病的な落ち込みと、一時的な落ち込みを区別するように強調して、治療は終結します。

患者と治療者の間にある常識の違いを意識し、それを突破口にする認知療法。常にクライアント側に立った論理展開で考え、治療者が納得できないことを、2人一緒になって考えていくというものだ、ということを、覚えておいてください。