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視覚的探索(visual search)における情報処理の特性に関する実験


問題と目的

人間は、複数の物体の中からある特定の物体を見つけ出すことができる。たとえば、ラッシュ時の駅のような人混みであっても、その中にいるたった一人の友人を探して見つけ出すことはさほど難しくない。このような現象は人間の高度、かつ能動的な認知能力によるものと考えられ、そのような働きを「視覚的探索 visual search」と呼ぶ。しかし、前述のような日常で行われている視覚的探索は非常に複雑であり、加えて、探したい対象(以下、ターゲットとする)が、数多くの発見を妨害する物体(以下、ディストラクターとする)の中にあったとしても、瞬間的にターゲットを認知できる「ポップ・アウト pop-out」と呼ばれる現象や、ターゲットとディストラクターの物理的性質や差が同じでも、ターゲットとディストラクターを入れ替えると、ターゲットを探し出す困難さが変わる「探索非対称性 search asymmetry」といった現象が視覚的探索では起き、その分析、解釈は決して容易には行えるものではない。そこで本実験では、視覚的探索を実験によって単純化し、ディストラクターの中からターゲットを見つけ出すという課題によって得られた反応時間(reaction time. 刺激を提示してから反応が生じるまでの所要時間)を通して、視覚的探索の際に用いられる視覚の情報処理の特性を検討した。

方法

対象者 A大学学生12名(男性5名、女性7名)。なお、被験者の視力は矯正後を含めてほぼ正常であり、実験を遂行する上で問題となるような障害を持つ者はいなかった。

実験計画 2×2×3の3要因混合計画とした。第1要因はターゲットの種類であり、Figure 1に示した2水準の図が用いられた。以降、Figure 1の輪が閉じている図がターゲットとして提示された条件を「O条件」、輪が開いている図がターゲットとして提示された条件を「C条件」とする。なお、このうちC条件では、図をいくらか回転させたものも刺激として提示された。第2要因はディストラクターの中のターゲットの有無であり、ターゲット「あり」条件とターゲット「なし」条件の2水準であった。第3要因は被験者に対して提示されるターゲットやディストラクターといった物体(以下、アイテムとする)の総数であり、4個(以下、4条件とする)、8個(以下、8条件とする)、12個(以下、12条件とする)の3水準であった。なお、どの条件においてもターゲットの数は1個とされた。第1要因、第2要因ならびに第3要因は被験者内要因とした。

Fig 1.
Figure 1. 実験材料図形

材料 Figure 1に示した2次元図形を用いた。また、図形の提示、データの収集のためにコンピュータプログラムを制作し、被験者に対してフロッピーディスクで配布した。実験の遂行には、パーソナルコンピュータが用いられた。パーソナルコンピュータ、モニタ、キーボード、マウスはすべての被験者において同一のものであった。なお、照明の明るさ、騒音など実験環境については、実験を行った教室の建築構造などにより、被験者間において必ずしも均一ではなかった。

手続き 実験は集団で行った。まず、被験者1人に対して1台のパーソナルコンピュータが与えられ、本実験に用いるコンピュータプログラムがフロッピーディスクで配布された。被験者はパーソナルコンピュータを起動した後、フロッピーディスク内のコンピュータプログラムを起動するよう求められた。同時に、口頭で実験についての教示が行われ、同様の内容が紙面で配布された。教示の内容を資料Text 1に示す。なお、教示文には含まれていないが、実験時はモニタとの距離を40センチ程度と一定に保つことが被験者には求められた。教示の終了後、被験者は、コンピュータプログラムを用いて本実験の練習試行を行った。練習試行においては、まず、モニタ上に「+」という注視点が表示され、その数秒後に表示されるアイテムの中のターゲットの有無を、正解ならキーボードの「f」のキーを、不正解なら「j」のキーを押すことで被験者は回答した。なお、「f」のキーは左手の人差し指で、「j」のキーは右手の人差し指で押すよう、被験者は実験者から指示を受けた。この練習試行は誤答が多い場合などを除いて、15試行ほど実施された。なお、誤答が多かった場合などは、適宜、練習試行が延長された。練習試行終了後、被験者は本試行に移った。本試行も練習試行と同様に、アイテム中のターゲットの有無をキー押しによって反応した。この際、そのアイテムの提示からキー押しまでにかかる時間が、反応時間としてコンピュータプログラムによって、1000分の1秒(msec)単位で記録された。また、実験条件やその反応が正答か否かについてもその都度、記録された。本試行は実験計画で述べたターゲットの種類、ターゲットの有無、アイテムの総数の各条件ごとに24試行ずつ、合計288試行実施された。なお、練習試行、本試行共に、ターゲット「あり」条件とターゲット「なし」条件はランダムに提示され、また、アイテムの総数も試行ごとに変化した。加えて、O条件がターゲットになるのか、C条件がターゲットになるのかも、まったくのランダムであった。ただし、各条件は最終的には等確率で現れるように調整された。また、本試行の途中で一度休憩が取られ、被験者は休憩の時間を自由に取ることができた。実験全体の所要時間は約30分であった。

結果

各被験者の各実験条件における平均反応時間と誤答率、そして、被験者集団全体の各実験条件における平均反応時間と誤答率を求めた。なお、平均反応時間は、まず各被験者の各実験条件における反応時間を集計し、一度、集団全体の平均反応時間と標準偏差を算出した後、平均反応時間±標準偏差の範囲を出る各被験者の測定値を「外れ値」として除外して求められた。結果をTable 1.に示し、この結果から得られたグラフをFigure 2.−Figure 5.に示す。

この結果について対応のあるt検定を実施した。なお、検定は平均反応時間と誤答率に関して、ターゲットの有無、アイテムの総数におけるターゲットの種類、そして、ターゲットの種類におけるアイテムの総数の3水準で行われた。

まず、ターゲット「あり」条件について検定を行った。反応時間に関しては、4条件におけるO条件とC条件(t(11)=4.7, p<.01)、8条件におけるO条件とC条件(t(11)=2.71, p<.05)、12条件におけるO条件とC条件(t(11)=13.58, p<.01)、O条件における4条件と8条件(t(11)=8.39, p<.01)、同4条件と12条件(t(11)=14.61, p<.01)、同8条件と12条件(t(11)=7.41, p<.01)、C条件における4条件と12条件(t(11)=2.80, p<.05)において有意差が認められた。なお、4条件と8条件(t(11)=1.46, n.s.)、8条件と12条件(t(11)=0.57, n.s)のおいては有意差は認められなかった。

続いて、誤答率においては、8条件におけるO条件とC条件(t(11)=2.49, p<.05)、O条件における4条件と12条件(t(11)=2.27, p<.01)において有意差が認められたが、4条件におけるO条件とC条件(t(11)=1.16, n.s)、12条件におけるO条件とC条件(t(11)=1.97, n.s)、O条件における4条件と8条件(t(11)=1.62, n.s)、同8条件と12条件(t(11)=0.12, n.s)、C条件における4条件と8条件(t(11)=0.07, n.s)、同4条件と8条件(t(11)=0.19, n.s)、同8条件と12条件(t(11)=0.32, n.s)においては有意差は認められなかった。反応時間と誤答率の間にトレードオフは見られなかった。

続いて、ターゲット「なし」条件における平均反応時間と誤答率のそれぞれにl関する検定をターゲット「あり」条件と同一の水準において実施した。結果、反応時間に関しては、4条件におけるO条件とC条件(t(11)=5.29, p<.01)、8条件におけるO条件とC条件(t(11)=13.83, p<.01)、12条件におけるO条件とC条件(t(11)=10.95, p<.01)、O条件における4条件と8条件(t(11)=13.01, p<.01)、同4条件と12条件(t(11)=13.50, p<.01)、同8条件と12条件(t(11)=9.56, p<.01)、そして、C条件における4条件と8条件(t(11)=3.36, p<.01)、同4条件と12条件(t(11)=6.87, p<.01)、同8条件と12条件(t(11)=4.45, p<.01)のすべてにおいて有意差が認められた。

誤答率に関しては、4条件におけるO条件とC条件(t(11)=1.00, n.s)、8条件におけるO条件とC条件(t(11)=0.66, n.s)、12条件におけるO条件とC条件(t(11)=0.56, n.s)、O条件における4条件と8条件(t(11)=0 .91, n.s.)、同4条件と12条件(t(11)=0.43, n.s)、同8条件と12条件(t(11)=1.28, n.s)、C条件における4条件と8条件(t(11)=1.91, n.s)、同4条件と8条件(t(11)=1.39, n.s)、同8条件と12条件(t(11)=0.00, n.s)のすべてにおいて有意差は認められなかった。反応時間と誤答率の間にトレードオフは見られなかった。

なお、正確を期すために、平均反応時間と誤答率のそれぞれについて、ターゲットの種類とアイテムの総数の間で2×3の2要因分散分析(two-way ANOVA)を実施した。結果、ターゲット「あり」条件の平均反応時間(FA(1)=34.09, p<.01, FB(2)=37.10, p<.01)と、ターゲット「なし」条件の平均反応時間(FA(1)=115.79, p<.01, FB(2)=184.37, p<.01)で有意差が認められ、ターゲット「なし」条件の誤答率(FA(1)=0.01, n.s, FB(2)=0.89, n.s)では有意差は認められなかった。ターゲット「あり」条件の誤答率(FA(1)=4.62, p<.05, FB(2)=1.74, n.s)においては、ターゲットの種類の間では有意差が認められ、アイテムの総数の間では有意差は認められなかった。

平均反応時間は、ターゲット「あり」条件、ターゲット「なし」条件共に、O条件ではアイテムの総数が増えるにつれて長くなる傾向があるのに対し、C条件ではアイテムの総数に関わらず、ほぼ一定であることが示された。また、誤答率については、ターゲット「あり」条件では、O条件で一旦増加したあと、一定の割合に落ち着くのに対し、C条件では一貫して安定した傾向が得られた。ターゲット「なし」条件については、O条件で一旦増加し、減少する傾向が見られたのに対し、C条件では4条件が最も高く、8条件、12条件では一定した傾向が見られた。

Table 1. ターゲット「あり」条件とターゲット「なし」条件のそれぞれの平均反応時間(msec)と平均誤答率(%)
アイテムの総数 4 8 12
ターゲットの種類 O C O C O C
反応時間
あり M 759.04 709.14 876.03 760.3 1003.46 742.01

SD 43.43 50.03 26.67 153.24 52.2 52.12
なし M 792.2 688.21 1095.82 729.01 1372.03 786.98

SD 67.21 61.27 101.99 52.24 174.31 41.4
誤答率
あり M 4.51 2.43 7.99 2.43 8.33 2.78
なし M 1.04 2.08 2.08 1.04 0.69 1.04
(M:平均、SD:標準偏差)

図の説明

Fig 2.
Figure 2. ターゲット「あり」条件における、ターゲットの種類、アイテムの総数と平均反応時間の関係

Fig 3.
Figure 3. ターゲット「なし」条件における、ターゲットの種類、アイテムの総数と平均反応時間の関係

Fig 4.
Figure 4. ターゲット「あり」条件における、ターゲットの種類、アイテムの総数と平均誤答率の関係

Fig 5.
Figure 5. ターゲット「なし」条件における、ターゲットの種類、アイテムの総数と平均誤答率の関係

考察

ターゲット「あり」条件でも、ターゲット「なし」条件でも、C条件はアイテムの総数に関わらず、反応時間はほぼ一定であった。これに対してO条件は、ターゲット「あり」条件でも、ターゲット「なし」条件でも、アイテムの総数と反応時間は比例する関係であった。これらのことは、C条件とO条件の間に前述の「探索非対称性」があることを示している。

では、視覚的探索はいったいどのようにしてなされているのだろうか。これに関して、以下のような説明を考えてみる。まず、アイテム全体を認知する。そして、その中にターゲットがあるかどうか検索を行う。このとき行われるのは、アイテムとターゲットが一致するかどうかという比較照合である。その結果、もしアイテムとターゲットが一致した場合、「あった」という反応を出力する。アイテムとターゲットが不一致の場合は、再度検索して比較照合を行うか、「ない」という反応を出力する(Kaiho, 2000)。

さて、ターゲットが「C」の場合、つまり、ディストラクターが「O」の場合、アイテム中のディストラクターが「輪という標準的な物体」であるが故に、ターゲットが持つ「Cは開いた輪である」という1つの特徴だけを検索すればよくなる。ディストラクターの「Oは閉じた輪である」ということはあえて検索する必要がないのだ。つまり、開いた輪にだけ着目すればよい。このような状況のときは、ポップ・アウトが起こりうる。一般にポップ・アウトは、ターゲットがもつ特徴が単一であるときに起き、もし、特徴同士が結合した複雑なターゲットの場合、この現象は見られなくなる。本実験においても、特徴が「輪が開いている」という単一のものであったためにこのポップ・アウトが被験者に起き、その結果、アイテムの総数に関わらず、反応時間は一定した傾向となったと予想される。このことは逆に言えば、アイテム中の1つの特徴を検索することが、ターゲット、ディストラクター両方についての確認を取ることになるともいえ、このような処理を「並列探索 parallel search」という。

これに対して、ターゲットが「O」の場合、つまり、ディストラクターが「C」の場合、ディストラクターが持つ「輪が開いている」という特徴が、必ずしも標準的ものとはいえないため、ディストラクターのそれぞれに対して、閉じた部分があるかどうか確認しなければならない。つまり、ターゲットを検索するために、ディストラクターを確認しなければならなくなる。このような場合、アイテム一つ一つを検索しなければならず、このような処理を「逐次処理 serial search」と呼ぶ。この処理の場合、アイテムの数が増えれば、それだけ処理にかかる時間は長くなるはずであり、本実験でもその傾向が示された。

これらの考察は、「視覚系には『標準的な特徴』がある」ということが前提となっているが、このことについては最新の脳神経科学や知覚心理学、認知心理学などの研究によって、脳内に特定の刺激に対して反応する神経細胞(ニューロン)があることが明らかにされつつあり、裏付けられつつある(Aiba et al, 2001)。

さて、本実験は前後半の2つに分けられていたとはいえ、合計288試行と試行数が非常に多く、実験中に疲れや飽きが呼び起こされた可能性がある。そのため、特に本試行前半、後半共に、その試系列の特に後半はいい加減に回答されていた可能性があることが指摘できる。そのような影響を排除するために、本実験では被験者が自ら時間の長さを決める休憩が試行途中に1度設けられていたが、今後の実験では、本試行をさらに分割するなど、実験法の工夫が若干必要であろう。

また、今後はこのような3次元図形における視覚探索など、より日常に近い視覚探索についても検討をしなければならない。

資料
Text 1 実験に関する教示
「ディスプレイに提示された複数の物体の中に、一つだけ他と異なるものがあるかないかを、出来る限り早くかつ正確に答えてください。回答はキーボードによるキーを押すことで行い、左右の手の人差し指で行ってください。ターゲットがあったら右手の人差し指で[j]のキーを、なかったら左手の人差し指で[f]のキーを押してください」


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